いちについてぇ、よ~いどんっ! 号令とともにいっせいに走り出す子どもたち。コース横に陣取ったクラスのお友だちから声援が飛ぶ。「○○ちゃん、ガンバレ! ○○くん、ガンバレ!」軽く視線をそちらに向けて応援に応えつつ、正面ストレートの先にあるわが家のビデオカメラを確認、カメラ目線をキープしつつ右コーナーに突入する。ここからお父さんお母さんたちの応援席を通過する。もちろん走る前には家族が陣取る位置を確認しておき、その手前10メートルからは満面の笑みをたたえて余裕があれば手なども降りながら走りすぎる。最近のスマホのカメラ性能がよくなったとはいえ、シャッターのタイミングが遅れることもあるので手振れ防止のためにも、この区間は走るスピードを心持ち抑えめにするくらいの配慮は必要だ。さぁラストスパート、ここで気を付けなければならないのは最終コーナーのきついカープに足を取られないことだ。うちの幼稚園のコースはグランドの形に制限されて、一般的な競技場のような左回りではなく、淀、阪神、中山と同じく右回りなので、運動会の前に買ってもらって子どもたちが自慢げに見せびらかす瞬足などの左右非対称ソールは役に立たない。策に溺れてはいけない。そして最後はステージ前を通過してゴールだ。派手に両手をあげゴールテープを切り、右手人差し指を高く差し上げてからグーにして胸を二回ほど叩くパフォーマンスを披露する。うん決まった! 毎日風呂上りに鏡の前で練習した成果やな。あれっ? いっしょに走ったお友だちは…すでに走り終わった子が座るところにいるやんけ。しまった! 余裕をかましすぎてビリになってしまったようだ。まぁいいか、うちの運動会は順番が大事なんじゃなくて、最後まで頑張って走ることが大事なんやとせんせも言うてたし…。
先日行われた併設幼稚園の運動会では、秋晴れのもと元気に走る子どもたちの成長した姿におもわず目頭を熱くしてしまったのだった。人間ってすごいなぁと年少さんのちょこまかかわいい走りに感動しつつ、不謹慎ながら頭の片隅ではこんなことを考えていた。最新の二足歩行ロボットとこの子どもたちが走ったらどっちが勝つんだろう?
Hondaの最新のアシモくんは時速9km/hで走ることができるという。30メートルを12秒かかることになるから、年少さんといい勝負ってところだろうか。年長さんレベルにはとどいてないみたいで、まだまだ余裕で人間の勝ちやなと安心していたら、とんでもないロボットを見つけてしまった。アメリカのボストン・ダイナミクスが開発しているアトラス(Atlas)というロボットは、でんぐり返ししたり飛び込み前転したり、あげくにバク転までしてしまうのだ。一番すごいと思ったのは、倒れても自分で起き上がること。いやぁ~転んだまま立ち上がれない年長さんもいたりするからなぁ…。
テクノロジーの革新速度からいえば、すぐそのうちに人間よりも早く走るロボットが誕生することだろう。AIによって人よりも賢いロボットもできるだろう。でも彼らはその昔のテレビアニメ「鉄腕アトム」のようなフレンドリーな存在になってくれるのだろうか。速さとか強さとかいった「身体」の進歩だけじゃなくて、ロボットにも「心」の成長が必要なのかも知れない。何だか学校の標語みたいだけど。
今年はちょこまか走りでアシモくんに負けてた子どもたちも、来年にはもっと速く走れるようになっているだろうし、転んで立ち上がれなかった子どもも自分で起きてまた走り出す強さを身につけていることだろう。そして何よりお友だちの走る姿を心から応援できたり、負けた子どものことを思いやれる優しい心を持つようになっていてもらいたいと切に思うのだ。
ここだけは絶対にロボットに負けないように! さぁ、いちについてぇ、よ~いドン!
(2020/11月号)
蛇足
わが家のお隣に地域の幼児園があり、ただいま運動会の練習の真っ只中でとてもにぎやか。子どもたちの元気な声以上に響き渡る先生たちのお声と太鼓の合図にわが家のワンコも大興奮!
動きがかわいかったホンダのアシモくんは2018年に開発を終了していますし、ペッパーくんも現在は作られていないようです。人間とロボットが共存する社会はまだ先なのかも知れません。しかし、この文章を書いてから三年でAIは驚異的な進化をとげ、すでにわれわれの日常に当たり前にあるものになりつつあります。形のないものの方が知らぬ間にわれわれに影響を与える存在となっているのはちょっと怖いような気もしますね。