二本の轍は世界に続く

こどもって面白い

 土曜日の小学生クラスが始まる前に、ひとりの男の子がうれしそうに報告にやって来た。

「あんな、今日自転車こうてもうてん!」「すっげーっ! ええなぁ!」「18段も変則あんねん!」「18段もあんのんか、どんなとこでも走れそうやな」「うん、ホンマや!」「明後日がサイクリングやから、それまでに練習しときや」「うん、そうするわ」

 毎年季節のいい頃、少し大きいこどもたちと京都の嵐山までサイクリングに出かけている。京都府南部のこのあたりからだと片道約28km、往復だと60kmほどの結構な小旅行だ。木津川から桂川にかけて整備されているサイクリングロードを利用するので、車と並走することも信号もないので安全ではあるのだが、ここには本気のサイクリストの方々が列をなしてかっ飛ばしておられ、しかも彼らが乗っているロードバイクはウン十万円もするものもあり、それが数台連なっているということはベンツが走っているのに等しいわけだ。万が一、接触などしたら…あぁ考えるだけでも恐ろしい!

 このプログラムにはある程度の体力と交通ルールを遵守する心がとても大切なので、4年生以上のこどもたちを対象に行っている。このころになると身体も大きくなってちょうど自転車の買い替えのタイミングだったりするので、先のこどものようにこのサイクリングに合わせて新車購入に踏み切るご家庭も見受けられるのだ。最近のこども用の自転車はなかなか格好よく、マウンテンバイクのように前後にサスペンションがついてたり、ディスクブレーキだったりするのだが、フレームに貼ってある小さいシールをよく読むと、街乗り専用なので野山では使わないでくださいとの注意書きがあったりする。マウンテンバイク風ってやつだ。カッコウ優先なので案外重たかったりもするが、ボクが小さかった頃に流行っていた自転車に比べれば軽いもんだ。当時の自転車はセミドロップハンドルで前後タイヤの上には複数のヘッドライトにブレーキランプ、意味なく光が流れるウインカーまでついていた。LEDなどなかったので、弁当箱のようなでっかい電池ボックスを積んでいたからとにかく重かったのだ。それに比べれば今の自転車はなんと実用的なことか。

 こどもが自転車の乗るようになると、とたんに行動半径が広がり、いままでは行ったことがなかったところに探検に出かけたりするようになる。自転車という「魔法の絨毯」を手にしたこと以上に、ちょうどその頃のこどもの興味が外向きになって見知らぬ世界に憧れるようになることも大きな理由だろう。こんな時期だっただろうか、学校から帰って友だちといつもより遠くに出かけて遊んでいたら、あれよあれよという間に日が陰りだし、あわてて家路を急いでペダルをこぐボクの脳裏には、角を生やして怒っているオカンの姿が浮かんでいたのだった。危険とは隣合わせだけれど、世界が広がっていくこと自体はこどもの成長にとってとても大切なことだから、大人としては我慢のしどころなのかも知れない。

 サイクリングロードを快走しながらこどもたちが話している。「みんなで走ると楽しいなぁ!」「ほんまやなぁ!」「ブンブンブブブ~ン!」「ブーンブーン!」自転車でなぜこの擬音なのかは不明だが、楽しげな気分はとてもよくわかる。しかしさすがに帰り道には疲れ果てて無言になっていくこどもたち、そしてポツリ。「次の橋越える坂道めちゃ急でたいへんや。いややなぁ…」あれっ?そんなときのための18段変速とちゃうんかい。彼の魔法の絨毯はまだまだ若葉マークつきのようでしたが、すぐに乗りこなして見知らぬ世界を発見してくれることでしょう。二本の轍は世界につながり、戻ったときに刻まれた四本の轍がキミの成長の証しだ。

(2009/11月号)

蛇足
 自転車はホントに自分の世界を広げてくれました。日々の足としてだけではなく、友だちと中学2年に琵琶湖一周をしたり、大学時代には信州から佐渡ヶ島まで行ったりもしました。バイクや車だとスピードがありすぎて、見えなかったり感じられない景色なども自転車だとゆっくりと味わえるのも魅力ですね。どこまで行ったかよりもどうやって行ったかが大切なのかも知れませんね。この春からヘルメットの着用が努力義務となりました。わが身は自分で守りましょう。

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