まだ夜も明けぬ真夜中3時、テントを一つずつ回って「起きてぇぇっ!行くよ~っ!」と子どもたちをたたき起すリーダーの姿、子どもたちが眠たそうに眼をこすりながら入ってきたロビーには「ももクロ」の「みてみて☆こっちっち」が大音量でとどろく…こうして長い長いいちにちが始まったのである。
子どもたちがいるここは京都府北部の丹後半島、標高500mの世屋高原である。この日、「夏の分教場」のプログラムで子どもたちは丹後の海で漁師さんたちと船に乗り込んで、定置網漁を体験させてもらうのだ。明け方4時半に出港する船に間に合うためにはこの時間に起きだしてマイクロバスで港に向かう必要があるわけだ。
浜についた子どもたちは、まずは漁師さんから定置網の仕組みや船の上での注意を聞く。そして長靴や前掛け、そしてヘルメットに救命胴衣に着替えると、だんだん気分が盛り上がって行く。さぁ漁に出るぜぇっ!今日もいちにち働くぜぇっ!おいら漁師だぜぇっ!
そして準備万端で船に乗り込む。といっても漁船であるからして、座席があるわけでもなく、船の真ん中あたり置かれた木製の魚のトロ箱をひっくり返したものがわれわれのスペシャルシートなのである。きっちりつめつめに座ると何の前触れもなく船は港を離れ、まだ夜の明けぬ暗い海に出ていくのだった。ベルやドラの音、ましてや見送りの色とりどりのテープなどなく、誰が掛け声をかけるでもなく、何やら暗黙の了解、はたまたあうんの呼吸というのだろうか、とにかく静かに今日の仕事が始まるわけだ。
定置網までは20分ほどの船の旅、しかし、一定の周期で波に揺られるリズムは、子どもたちがそれまで忘れていた眠気を呼び覚まし、網に着くまでにかなり子どもたちの上下の瞼がひっつきだしていた。海の上はるか水平線がしらじらと明るくなり、そして朝日が上がる頃、最初の定置網に到着。すると漁師さんたちはまた無言のままにそれぞれの仕事に取り掛かりだし、網を巻き上げる作業が粛々と進んでいくのである。対面する船との距離を縮めながら網を巻き取って行くと、仕掛け網に入っている魚の姿がだんだんと見えだしてくる。するといままで眠たそうにしていた子どもたちにスイッチが入る。大量のイワシが群れて泳ぐ中に大きな魚やイカの姿が見えると子どもたちは興奮状態に。漁師さんが気を利かせていろんな魚を網ですくって子どもたちに渡してくれると、生臭いとかヌルヌルしてるとか気にせずに魚を触りまくる子どもたち、こんな時の子どもたちは好奇心の塊みたいになっている。小さなサメをいたく気にいった男の子は、そのままペットにして持って帰りそうな勢いで大切に手に抱えている。
網の中を泳ぐ魚を見て「あれはホウボウ、タチウオもいる。あっコウイカ!」とずいぶんと魚に詳しい男の子がいた。お父さんが釣りが好きでよく海に行くのだという。図鑑や本で知っている情報とは違って、やっぱり体験として身につけた知識はスゴイです。その男の子に漁師さんが「お前、大きくなったら漁師になれ。漁師はいいぞ」と後継者育成のお誘いをしていたのだが、地盤沈下著しい第一次産業とそれに支えられているこの地域では本当に深刻な話なのかも知れない。しかしそのおっちゃん「漁師になると、かわいい嫁さんがもらえるぞ」とのたまっていたが、それは小学生の職業選択のモチベーションにはならんと思いますが…
ひとつの網が終わると、眠かったり船酔いでしんどくなった子どもをピックアップして浜に戻る船がやって来て、何人かが帰って行く。全部で定置網は3つあるので、その度に調子の悪くなった子どもやリーダーが抜けていくという、まるでバトルロワイヤルのような状況だったが、漁師さん曰く「今日は成績がいい。この間は最初の網で半分が帰って行った」とのこと。朝早くから起こされ、船酔いでゲロゲロになった子どもにとって、漁は決していい思い出にはならないのかも知れないなぁと、ちょっと心配して浜に戻ると先に帰った子どもたちはすでに回復して、元気にわれわれを待っていてくれた。子どもの回復力はさすがです。
この後、浜のお母さんたちが作ってくれた朝ご飯を堪能。煮魚に焼き魚、新鮮なお刺身、ツクネの入った漁師汁、おにぎりなどかこれでもかと食卓に並び、子どもたちは朝から大満足!刺身が嫌といっていた子もこれだけ新鮮な魚だとパクパクと食べていた。反対に魚の好きな子がこの浜の味を覚えてしまうと、半端なスーパーの刺身などは食べられなくなってしまうかも知れない。
夢うつつの中で定置網体験をした子どもたちはこの後、水着に着替えて海に直行して元気に遊んでおりました。小生はといえば、朝からの一大イベントが無事に終わったのと、朝飯を食べすぎたせいで、波の間に間に浮かびつつ夢うつつな気分になっていたのありました。
(2012/09月号)
蛇足
この体験事業がスタートしたときから参加させてもらっていたのですが、こどもたちが乗ると漁師さんたちもうれしかったのでしょう、最初の頃はとれた魚を船の上でさばいてくれ、とれたてピチピチのお刺し身を食べさせてくれていました。朝日とともに海に出て働く姿をこどもたちはどんなふうに見ていたのでしょうね。ボクは魚から剥がれ落ちた鱗が朝日に照らされながら海中をキラキラと舞う様子を見ながら、中島みゆきの「ファイト」の一節を思い出していました。
養老漁協㈱ 定置網体験 http://www.tangoweb.co.jp/yoro/index.html