思えば遠くへ来たもんだ

こどもって面白い

 京都から直線距離でも600km近くも離れたここは熊本城天守閣だ。眼下には夕暮れの熊本市内が一望できる。今年も小学生クラスの卒業旅行「どんタッチ!」で、こどもたちといっしょにこの地まで旅をしてきたのだった。このプログラムは、乗る電車を時刻表を調べることから、旅の途中に立ち寄るところ、何を食べるかまで、すべてをこどもたちが自分たちで考え決めることになっている。リーダーもいちおう同行するが、基本的にはすべての判断はこどもたちがすることになっているので、毎回さまざまなドラマが展開されるのだった。

 出発する前にミーティングをして、時刻表の見方を覚えてもらったり、どんな経路でどこに行ってどんなことをするのかを考えてもらうのだけれど、まず日本地図が頭に入っていないこどもがいたりするわけで、そんな子にとって時刻表の地図はスゴロク盤くらいにしか見えないに違いない。さらにどこの土地に行けばどんな名所や名物がなんてことも圧倒的に情報が少ないため、旅のスケジュールはなかなか決まらない。まぁ行き当たりばったりの旅もまた面白いかもよということで、一抹の不安を抱えつつもこの日にミーティングはお開きになったのだった

 しかし、最近はネットという実に便利な情報収集ツールがあるので、こどもたちは出発までにしっかりと予習をして集合地点に集まってきた。ボクが同行したグループは、きっちりと何時何分の電車に乗ってどこで乗り換えてと、分刻みの予定を立ててきたこどもが中心になって旅がスタートしたのだった。このグループのテーマは「西日本麺類の旅」で、まずは四国高松に向かって讃岐うどんを食べ、次に尾道ラーメンを食べてから、岡山に戻ってホルモン焼きうどんを食べて、夜行バスで博多に着いたら朝一番で長浜ラーメンを食べて、最終ゴールの熊本でまたまた熊本ラーメンをいただくという、2泊3日、実に栄養バランスの偏った食生活を送ることになっていたのだった。

 毎度のことながら電車の中でのこどもたちは、お菓子を食べたりトランプをしたりと忙しい。車窓を流れる景色を楽しむでもなく、そこに住んでいる人々の生活に思いをはせるわけでもなく、まるで自分の家の居間にいるようにくつろいでいるのだった。そして旅はとんとん拍子に高松へ。駅前のセルフのうどん屋でうどんをぱくつく。しかしあまりにも予定通りに進みすぎていて、というより予定にしばられ過ぎているように感じたボクは、わざと出てくるのに時間がかかる釜玉うどんを頼んで予定通りに進まないように仕向けてみたのだった。というのも、これから向かう尾道では滞在時間が30分ほどしかなく、その間にラーメン屋を探して食べてまた駅に戻るという過密な予定になっていたからなのだった。そしてもうひとつの狙いは、ネットの情報だけにとらわれないでわからないこと知りたいことはその土地の人に直接聞いてみてほしいと思ったからなのだった。

 きっちり予定をたててきたこどもはこの展開にへそを曲げていたけれど、他のこどもたちがちゃんとフォローしてくれて、結局岡山で地元の人に聞いてみようということになった。そして駅前の観光案内所に立ち寄ってみると、おいしいお店やそこまでの行き方を親切に教えてくださったのだった。予定を立てることも大事だけれど、アクシデントがあったときにどんなふうに解決するかも大切なのだ。そして、何よりも人に聞いてみること、そうして人と触れ合うことの楽しさを知ってほしいと思うのだ。だいたいネットで得られる情報なんて、リアルな世界のほんの一部分でしかないのだし、その情報を後追い確認するだけでは旅の醍醐味はわからないのだ。

 というわけで、岡山で思いがけずおいしいラーメン(やっぱりラーメンかっ!)を食べたわれわれは、翌朝の長浜ラーメンでは替え玉を無理やり胃袋にねじ込み、熊本でもラーメンを食べて、夜行バスに11時間揺られて帰ってきた京都でさらにきつねうどんを食べて本懐をとげたのでありました。

 卒業生のみんなお疲れさまでした。これからのキミたちの人生、予定通りにいかなくてもきっといろんな道がある。でもどんな時も、楽しく笑って行こうぜ!

 思えば遠くに来たもんだと熊本城で感慨にふけっていたボクの視線の先には、真新しい九州新幹線の高架が見えていたのでした。あれで帰ればすぐなのに…ふた晩、夜行バスという苦行はさすがにおじさんには堪えまするぅ…ううっ、こっ腰が…!!

( 2011/05月号)

蛇足
 ネットの普及とともに、この旅「どんタッチ」も変わってきました。事前に情報を得るのはいい反面、その時その場所で初めて出会うわくわく感がなくなってしまったようにも思うのです。情報を確認すること、予定通りにこなすことが旅の目的になってしまうのだとしたら、何だかつまんないような気もするのですが…。旅という「非日常」ですらこんな調子になっちゃったら、こどもたちの未来も予定調和から逃れられないのかな?
 2016年の地震により甚大な被害を被った熊本城ですが、2021年に天守閣が完全復旧しました。現在も2037年の最終的な復旧を目指して工事が進んでいます。みごとな石垣は一度解体して組み直すのだとか。今しか見られない光景かもしれませんね。今度行くときは、ゼッタイ新幹線で行こうっと!

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