プレイスクールでは毎年、年末に子どもたちと「アイススケート」に行くのが恒例となっていた。冬休みということもあって例年は他団体の子どもたちもいてリンクは人だらけで人の間をすり抜けながら滑るような状態なのだが、今年はなぜかとても空いていて、レベルの高いスケーターが練習に汗を流していたのだった。この日初めてスケート靴を履いてリンクに入り、氷の上に立つことすらままならないプレイスクールの子どもとは違って、白いマイスケート靴にレオタードの装いの女の子たちはリンクの中央で、くるくるスピンをしたりジャンプをしたり、中にはビールマンスピンをしている子までいたりしたのだった。ビールマンスピンを生で見られるとはちょっと思っていなかったので、生ビール腹揺らしくらいしかできないおじさんもこれにはちょっと感動してしまった。
そんなスケーターのひとりに滑り方を教えてもらったのだけれど、その子は4歳からスケートを始めたのだという。歩きだしてすぐにスケート靴はいていたようなものなので、なるほどいろいろな技もできるわけだ。以前、プレイスクールのOBの女の子でスケートをしている子が参加してくれたことがあったのだけれど、その子いわく「プレイスクールの子どもたちって、ただ滑ってるだけで何が楽しいん?」とのたまっていた。彼女にとっては滑ることなど呼吸をするのと同じくらい当り前でフツーのことなので、息してるだけでキャッキャと喜んでる友だちの姿が不思議だったのかも知れない。
年が改まりお正月にはいろいろなスポーツイベントが目白押しだ。この日のために一年間練習を積み重ねたアスリートたちの、力と力のぶつかり合いや喘ぎながら走る姿に見ているこちらの心拍数もあがってしまうのだが、勝負ごとであるからして、勝者がいてそして敗者がいる。勝者は歓喜の涙を流し、敗者は悔し涙を流す。当たり前だが勝者はひとりだけで、それ以外の多数の者たちの努力は報われない。
一年の始まりということもあってか、そんな勝者や一流アスリートが「努力すれば、夢は必ずかなう!」と笑顔で話している姿をよく目にした。しかし、実際にその夢に手が届くのはほんの少数であり、それ以外の人たちは努力だけで勝者になれることはまれなのだ。夢を持つことは大切なことだ。でも努力すればみんなが夢に到達するというのは幻想でしかない。本来の意味から離れて、今や夢はインフレ状態、ややもすればちょっとした目標や欲望すら夢という甘いイメージで語られる。
世界一や新記録を目指すスポーツも素晴らしいが、みんながそこを目指すのではなく、自分の人生を楽しくするスポーツがあってもよいだろう。「一番でなきゃダメですか?」といった政治家がいたが、「楽しいだけじゃダメですか?」という視点もあってもいいような気がするなぁ…などとお屠蘇気分で、箱根の坂を喘ぎ走る選手をテレビで観ながら考えていたのだった。
「飲んでばかりじゃダメですか?」
(2012/02月号)
蛇足
大人たちが若者に「夢を持て」とはやし立てるものだから、昨今では「夢ハラ」とか「ドリハラ」(ドリーム・ハラスメント)なんてことまで言われだしたのだとか。いやはやウツツ(現)を抜かすのもたいへんな時代になったものです。