キミはここにいる

こどもって面白い

 少し前の冒険クラブのワンナイトキャンプでは雪が積もるほど寒かったのに、ここ数日はぽかぽかと暖かい日が続き、季節はいっきに春に向かって走り始めたようだ。別れと出会いの季節は、子どもたちにとってもちょっと悲しかったり、わくわくしたりする季節だろう。

 先日、併設されている幼稚園の卒園式を控えて、先生たちと一緒に卒園記念の陶板を建物に取り付けた。この学園を卒園する子どもたちは自分の名前と似顔絵を粘土の板に刻み、これを焼いてもらってこの学園に通っていた思い出として残すことになっているのだ。

 今年の卒園児たちの陶板の隣には昨年の子どもたちの陶板が並び、その向こうにはその前の年の子どもたちの、さらに隣にはその前のと学園初期の頃からの卒園児たちの陶板が、屋上の手すりまわりに沿ってずらっと並んで貼り付けられている。

 作業の前に少し時間があったので、つれづれとその陶板をながめていた。貼られている場所によっては覆いかぶさってきた木々の樹液のためか、ずいぶんと汚れているものもあり、作業のために持ってきていたバケツとタワシで何となく掃除をし始めたのだった。水を流しながら掃除をすると、汚れの下からは懐かしい名前が次々に現れた。

 「ほほぉ、こいつかぁ、やんちゃやったなぁ…、ふむふむ、この子ねぇ、よう泣いてたなぁ…うわぁ、こいつの似顔絵、めちゃくちゃ似てるなぁ…」「この白色の陶板の子らがここにあるということは、隣の緑色の子どもらは…おっ、大学受験の年やなぁ…こいつどないしてんねんやろ?」などとブツブツと独り言をいいながらタワシを動かしている姿は、傍目に見るとまるでお彼岸の墓参りで墓石を掃除しているように見えたことだろう。

 ずらっと並ぶ陶板の数だけ、この学園から子どもたちが巣立っていったことになる。そして建物に貼り付けられたこの陶板は、よほどのことがない限り永遠にこの場に名前を刻み続けることだろう。地球温暖化がますます進み、このあたりが熱帯雨林になって建物にツルがからみボロブドゥール遺跡のようになったとしても、また海水面が異常に上昇してこのあたりが水に浸かり海底遺跡のようになったとしても、表面にこびりついたツタやコケ、サンゴや貝をこそげ落とせば、きっとそこには子どもたちの似顔絵と名前が現れるはずだ。はたしてそのような状況でこの遺跡の陶板を見つけるのは、ひょっとすると地球外生物やも知れぬが、その時にはきっと地球人の芸術レベルの高さに彼らは腰を抜かすことだろう。

 しかし、この陶板を描いた本人たちは案外とそのこと自体を忘れているような気がする。だって幼稚園の頃の記憶なんてかなり怪しいものだからだ。ひょっとすると本人の覚えていないところで、この陶板だけが幼稚園の記憶とともにここにあるのかも知れない。

 夕方までかかって今年の子どもたちの陶板の貼り付け作業は終了した。そして翌日、土曜日の小学生の活動が始まる前に、「こんにちわぁ、覚えてる?」と背の高いあんちゃんがリーダーの部屋に入ってきた。覚えているも何も、そいつは昨日ボクが陶板を掃除しながら懐かしんでいたその子だったのだ。「へへぇ、実は大学に受かってん!」とわざわざ報告に来てくれたのだったが、実はその日の活動はリーダーが少なくて困っていたところだったので、早速そのままリーダーとして子どもたちの相手をしてもらい、大いに助かったのだった。卒園陶板を掃除したら、本人が現れて助けてくれるなんて、まるで出来すぎた昔話のようではないか。

 今年卒園する子どもたちがそんな報告をしに来てくれるのはまだまだ先のことだろうが、自分の名前が刻まれたこの場はいつまでも、いや永遠にキミたちの居場所だ。いつでも帰ってくるがいい。

 ところで、リーダー確保のためにもう一度陶板掃除をしてみようかと思っている小生は、昔話の欲深い隣のおじいさんかなぁ。誰か出てこ~い!

(2008/04月号)

蛇足
 プレイスクール協会の解散に伴い、やっと自分の陶板を貼り付けることができました。子どもたちの陶板に並んで貼り付けられたボクの陶板は…あれっ?これってひょっとしてホンマに墓標?!

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