ナラの樹は残った

アドベンチャー

 今年の夏はやたらと台風の多い夏だった。今頃になってもまだでかい台風が日本に近づいて来るらしい。今回のは「チャーミー」というまるで台所洗剤のような名前、みんなが「あわあわあわあわ…」慌てるような状況にならなきゃいいけど。

 その前に来た台風はプレイスクールの周り森にも大きな爪痕を残して去っていった。あちこちで木が倒れ大変なことになっているのだ。すごく太い木が重なるようにして根ごと倒れているのを見ると、風の力ってすごいんだなぁと改めて自然の猛威を感じたのだった。実は森ではこれ以外の要因でも木が倒れている。松くい虫にやられた松やここ数年で深刻な被害をもたらしているナラ枯れによってドングリの木もずいぶんと倒れている。そこにまた台風だ。この森はいったいどうなってしまうんだろう?

 台風騒ぎの少し前にも大きなコナラの樹が倒れた。プレイスクールから少し下った大住虚空蔵尊のお社の横に立っていたこの巨木は、すでに数年前からナラ枯れにむしばまれ、一昨年からは夏にはキノコが生えるほどになりながらも倒れることなく踏みとどまっていたのだが、とうとう力尽きて谷に倒れたのだった。

 夏、この樹には甘酸っぱい樹液の香りに呼び寄せられてたくさんの虫たちが集まってきた。カブトムシ、クワガタ、カナブン、カミキリ、そしてあまりうれしくないけどスズメバチも争うようにして樹液をむさぼり吸っていた。虫が集まるところには虫好きの子どもたちが集まって来る。そして長い年月を経て、虫好きの子どもがお父さんになって子どもと一緒にここに戻ってくることもあった。夜になると親子連れが真っ暗な山道を懐中電灯を手に下っていく姿をよく目にしたものだ。中には虫をおびき寄せるトラップを仕掛けに来る方もおられたが、このあたりでは有名なこの樹はもちろん競争率も非常に高いので、仕掛けたトラップについた虫を朝いちで他の人が捕っていたなんてこともあったに違いない。

 もちろんプレイスクールに通って来ていた子どもたちもこの樹にはお世話になっていた。いったい何人いや何十人、ひょっとしたら何百人(?)の子どもたちが、この樹で虫と相まみえたことだろう。お目当ての虫が運よく幹に引っ付いているなんてことはそうそうありはしない。だいたいプレイスクールの活動はお昼なので、虫さんたちは幹のシワやくぼみ、土の中に隠れているのだ。子どもたちは知恵を働かせ、根元の土を掘り、そのうちに家からでっかいピンセットを持って来て幹のくぼみをあさり倒すのだ。その姿はまるで砂金をあさるガリンペイロに見間違えるほどの執念である。でもこれただ闇雲にあさっているわけではないようなのだ。この樹だとこの辺りにいそうだという直感のようなものが働いているようにしか思えないことがある。先日も子どもたちと森を歩いていたら、虫好きの子どもが突然森に分け入ってあっさりとクワガタを手にして戻ってきた。ひょっとしたらこいつ樹液の匂いがわかるのか、それとも虫GPSでもついているのかとビックリしたのだが、子どもといると五感を越えた何か別の感覚はきっとあると思わされることがある。

 今となっては遠い昔のことだが、ボクが子どもの頃、朝早く裏山の樹でオヤジといっしょに初めてカブトムシを捕まえた時のことはいまだに鮮明に覚えている。夏の朝の凛とした空気、ちょっと赤いカブトムシに伸ばした手の震え、樹から離れまいとする虫の力強さ…。

 きっとこの夏に倒れてしまった樹でも、たくさんの子どもたちのドラマが展開されたことだろう。長い間、お疲れさまでした。太い幹と空に大きく広がった枝とたくさんの葉っぱ、あなたの思い出は子どもたちの心の中に!

(2018/10月号)

蛇足
 コナラの寿命は約70-80年です。ナラ枯れはカシノナガキクイムシがナラやカシ、シイ類にナラ菌を感染させることによって引き起こされる病気で、樹齢の古い大きな木がかかりやすいのだそう。経年劣化で抵抗力が落ちると病気にかかりやすいのは木も人間も同じようですね。
 でも古い大きな木が倒れ、日がさす明るい森にどんぐりから芽吹いた次の世代の木が育って森が再生していくのです。まぁこれも人間の社会といっしょかも知れませんね。

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